鍵を閉めたか何十回も確認しないと気が済まない、ガスの火を消し忘れたかが不安になって何度も外出先から家まで帰ってしまうなど、考えや行動がやめられない「強迫性障害」という疾患があります。
強迫性障害を発症すると本人も辛いですが、周囲や家族も巻き込まれて疲弊してしまうことがあります。強迫性障害は治療できるのかどうか、家族の接し方のポイントについて見ていきましょう。
- この記事でわかること
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- 強迫性障害になりやすい人の特徴
- 強迫観念と強迫行為の違いと具体的な症状
- 強迫性障害の治療や経過の特徴
- 「保証の要求」「強迫行為の代行」「ルールの強要」への対処法
- 曝露反応妨害法の治療の進め方
強迫性障害(OCD)はどんな病気?
強迫性障害(OCD:Obsessive Compulsive Disorder)とは、強い不安やこだわりによって日常生活に支障が出てしまう疾患のことを指します。「ドアに鍵をかけたか」「鍋を火にかけたまま外出していないか」などが不安で家に戻った、という経験をする人や、ラッキーナンバーなどの縁起にこだわる人は珍しくありません。しかし、「戸締りを何度確認しても心配で、家に戻って遅刻する」「特定の数字にこだわりすぎて生活が不便」など、日常生活に支障をきたすレベルになると「強迫性障害(OCD)」の可能性が高くなります。
強迫性障害は不安障害と呼ばれる精神疾患の一種で、手が細菌で汚染されたという強い不安に掻き立てられて何時間も手を洗い続けたり、肌荒れするほどアルコール消毒を繰り返したりするのも強迫性障害だと考えられます。世界保健機関(WHO)の報告では、生活上の機能障害を引き起こす10大疾患の一つにも数えられています。
▼ 参考:厚生労働省「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス」
日本国内ではどのくらいの割合で強迫性障害の患者さんがいるのか完全に明らかになっていませんが、欧米では精神科の外来に通う患者さんのうち、9%が強迫性障害であるというデータもあります。欧米のデータによれば、全人口のうち強迫性障害にかかっている人は1〜2%、すなわち50〜100人に1人とされていて、日本でも同じくらいの割合になると考えられています。
日本では障害を性格の問題だと捉えて受診せずにいる人、精神科を受診することに躊躇いがあって日常の不便を我慢してしまう人など、隠れた患者さんの数が多く正確な人数が割り出せていないようです。
強迫性障害を発症する原因は、現段階では明確にはわかっていません。脳内の神経伝達物質である「セロトニン」の働きに異変が生じることだと考えられています。特に、安全や汚染に関する認識に不具合があるのではないかとも指摘されています。脳の前頭葉などの血流に異常が生じ、それが影響しているのではないかという説もあります。
また、以下のような人は強迫性障害にかかりやすい傾向があるようです。
- 責任感が強く、まじめな性格である
- 完璧主義である
- 人間関係にトラブルがあった
- 親しい人の大病や死など、精神的に強いショックを受けた
もともとの性格要因に環境要因が合わさった結果、強迫性障害を発症してしまうのではないかと考えられており、特に生活や仕事上の変化など、物事がうまく行かなくなったのをきっかけとして強迫観念や強迫行為が進行していくこともあります。最初は軽症で意識していなかったけれど、症状を繰り返すうちに悪化し、ようやく精神科を受診した頃には7〜8年が経過しているという人も少なくありません。
代表的な強迫性障害の行動とは?セルフチェックしてみよう
強迫性障害の症状には、大きく分けて精神症状である「強迫観念(頭から離れない考え)」と、身体症状である「強迫行為(強迫観念に基づく不安によって行う行為)」の2つがあります。強迫観念や強迫行為は本人もおかしい、やりすぎ、無意味だとわかっているのですが、それでも頭から追い払えず、やめられないのです。
アメリカ精神医学会によれば、強迫観念・強迫行為は以下のように定義されています。
- 強迫観念
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- 反復的かつ持続的な思考・衝動・心像で、侵入的かつ不適切なものとして体験され、この障害の期間中に強い不安や苦痛を引き起こす
- その思考・衝動・心像は、単に現実生活の問題についての過剰な心配ではない
- 患者は、この思考・衝動・心像を無視・抑制したり、何か他の思考や行為によって中和しようとしたりする
- 患者は、その強迫的な思考・衝動・心像が思考吹入の場合のように外部から強制されたものではなく、自分自身の心の産物であると認識している
- 強迫行為
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- 反復的行動または心の中の行為であり、患者は強迫観念に反応して、または厳密に適用しなくてはならない規則に従って、それを行うよう駆り立てられていると感じている
- ※反復的行動とは手を洗うことや順番に並べること、点検することなど。心の中の行為とは、祈りや数を数える、声を出さず言葉を繰り返すことなど
- その行動や心の中の行為は、苦痛を予防・緩和したり、何か恐ろしい出来事や状況を避けたりすることが目的である
- しかし、この行動や心の中の行為はそれによって緩和・予防しようとしてものとは現実的な関連を持っていない、または明らかに過剰である
例えば、代表的な強迫観念・強迫行動として以下のようなものが挙げられます。
- 不潔恐怖と洗浄
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- 汚れや細菌汚染を怖がるあまり、過剰な手洗い・入浴・洗濯を繰り返す
- ドアノブや手すりなど、不潔と感じるものを恐れて触れない
- 加害恐怖
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- 誰かに危害を加えたかもしれないという不安が心を離れず、新聞やテレビに事件・事故として出ていないか確認したり、警察や周囲の人に確認したりする
- 確認行為
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- 戸締り、ガス栓、電気器具などのスイッチを過剰に確認する
- 何度も確認する、じっと見張る、指差し確認する、手で触って確認するなど
- 儀式行為
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- 自分の決めた手順で物事を行わないと恐ろしいことが起こる、と不安に苛まれる
- どんなときも、同じ方法で仕事や家事を行わなくてはならない
- 数字へのこだわり
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- 不吉な数字や幸運な数字に、縁起担ぎのレベルを超えてこだわってしまう
- 物の配置(対称性など)へのこだわり
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- 物の配置に一定のこだわりがあり、必ず同じ配置になっていないと不安に駆られる
強迫性障害の診断では、診断基準との照らし合わせや質問が行われます。質問の例を紹介しますので、セルフチェックとして参考に確認してみではいかがでしょう。
- 強迫性障害の診断で行われる質問例
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- 手が痛くなるほど、何度も手洗いを繰り返してしまいますか?
- 外出後に鍵をかけたか、ガス栓を閉めたかが気になって仕方ないですか?
- ありえないと思っていても、頭の中に繰り返しわいてきて振り払えない考えがあり、その考えに悩まされていますか?
- 1つ1つのことをやり終えるのに、労力や時間がかかりすぎと感じますか?
- 順序立てたことや、左右対称であることにとらわれすぎるなどはありますか?
強迫性障害を改善するためのセルフケア
強迫性障害を放置していると、他の精神疾患を併発する可能性があります。特に「全般性不安障害、強迫性パーソナリティ障害、パニック障害、チック症、摂食障害」などは併発しやすいとされ、強迫性障害によって生じる精神的な葛藤や疲労などに関連すると考えられています。そのため、強迫性障害を発症していると気づいたら早めの治療を行いましょう。
そもそも強迫観念や強迫行為は患者さん本人にとっても「こんなことはバカバカしい」と感じているのにやめられない、非常に苦痛を伴う状態です。その状態が長引けば長引くほど不安に感じる対象が増え、その対象を避けるようになるため、生活に支障をきたす範囲も広くなり、ますます疲弊してしまいます。さらには、生活全般に安全を確保するためのマイルールを張り巡らせ、マイルールに縛られた不自由な生活に陥ってしまうこともあります。
疾患が悪化すればするほど不安は圧倒的となり、患者さん自身の冷静な判断ができなくなってしまいます。症状が我慢できないことやコントロールできないことは、決して意志が弱いわけではないのです。まずは医師の指導のもと、薬物療法などで不安を制御したり、心身の疲労を回復したりしましょう。
強迫性障害をはじめとした精神疾患は、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら全体として快方に向かっていきます。そのため、一時的に症状が悪化した、または良くなったからといって自己判断で薬物療法を中止しないよう注意しましょう。他にも、日常生活において以下のようなポイントを心がけると、治療をスムーズに進められるでしょう。
- 強迫観念が浮かんで不安や不快が生まれても、強迫行為をしない・させない
- 我慢したり気を逸らしたり、別の行動や考えをするなど、強迫行為を止める工夫や努力をする
- 規則正しい生活、十分な睡眠、外出を心がける
- 学校や仕事などの社会的な関わりは、可能な限り継続する
強迫観念が浮かんでも強迫行為をしないための工夫や努力をすることは大切なのですが、そのために新たな強迫観念を作ってしまわないよう注意しましょう。「強迫観念が浮かんだ時に別の行為をする」という行為そのものが強迫行為として定着してしまうと、同じことの繰り返しになってしまいます。別の行為で気を逸らす場合、行為が苦痛になったり生活の不便になったりしないよう、気をつけましょう。
また、強迫性障害と付き合える時間や空間、エネルギーを確保してしまえばしまうほど、障害にすべてを注ぎ込んで悪化の一途を辿りやすいです。社会との関わりや規則正しい生活の中で、強迫観念が浮かぶ時間を減らしていきましょう。睡眠時間が少ないと判断力を低下させてしまいますので、その点も注意が必要です。
家族が強迫性障害かも?接し方の注意点とサポートの方法
強迫性障害では、本人だけでなく家族にも影響する「巻き込み症状」が大きな問題となります。具体的には「保証の要求」「強迫行為の代行」「ルールの強要」の3つです。
- 保証の要求
- 手洗いや確認など、きちんとできたかどうかが心配で家族に保証を求めるもの
- 強迫行為の代行
- 寝る前の鍵の確認など、ある儀式的行為を本人の監視下で家族に強いるもの
- ルールの強要
- 帰宅した際の手洗い・入浴といった一連の洗浄行為など、自分が作ったルールを家族にも従うよう強制するもの
巻き込み症状は経過とともに生活全般に拡大し、ルールはより厳密化していく傾向があります。本人の強迫行為と同様により完璧を求めて際限がありませんので、家族はやがて応えきれなくなります。例えば、保証の要求では本人に「大丈夫か」と繰り返し尋ねられるのですが、返答を繰り返すうちに要求がエスカレートしていき、納得できなくなっていきます。
こうなると、家族が症状に付き合わされて長時間拘束され、疲労困憊してしまうだけでなく、患者本人の不安やイライラも募ります。まず本人は、他人を巻き込んでコントロールしようとする巻き込み症状そのものが結局は自分の思い通りにならず、不安・焦りを招く要因になりうるものである、と理解しなくてはなりません。
家族は強迫性障害を発症した本人に対し、責任感や罪悪感を抱いている場合も多く、要求に応えることが患者本人のためだと考えてしまいやすいのですが、結局は要求に応えきれず、不安や怒りを増加させてしまいます。つまり、巻き込み行為に付き合うことは患者さん本人のためにも、家族のためにもならないのです。
もし巻き込み症状の3つのいずれかを要求されたら、まずはその不合理性・非現実性を本人と家族双方が理解しなくてはなりません。強迫性障害についての本を読んだり、専門家に相談したりするよう勧めましょう。その上で、「保証の要求は1回まで」のようにきっちりルールを決めて実行するか、最初から一切症状には関わらない、と断って構いません。
強迫行為を症状だと正しく捉え、その症状に付き合わないことは、本人に対する曝露療法にもなります。とはいえ、症状について責めるのは避けましょう。あくまでも治療をサポートするという立場から、家族自身の健康に注意しつつ、主治医ともよく連携して、疾患の理解に努めることが重要です。
▼ 参考:公益社団法人 日本精神神経学会HP
強迫性障害は治療で改善できる?
強迫性障害は、治療で改善することが可能です。原因については明らかでないことも多いのですが、なぜ症状が続いてしまうのか、何が影響して症状が悪化するのかなどについては解明が進んでいるところも多く、本人が積極的に治療に取り組めば十分治療可能な疾患です。強迫性障害の治療では、認知行動療法と薬物療法を組み合わせて行います。
患者の多くは強迫行為のほか、抑うつ・強烈な不安感などの精神症状が出ていますので、まず抗うつ薬であるSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)で状態を安定させてから、認知行動療法に入っていくのが一般的です。
うつ病の治療に用いられるより高容量かつ長期間の服薬が必要なため、最初は少量からスタートし、薬との相性を見ながら服薬量を増やしていきます。SSRIは他の抗うつ薬と比べると副作用は軽いのですが、服用後に体調が悪いなど不安な点があればすぐ主治医に確認しましょう。巻き込み症状が深刻な場合は、入院治療が必要になることもあります。
薬物療法である程度状態が落ち着いたら、認知行動療法を行います。再発予防効果が高い「曝露反応妨害法」が代表的な治療法で、本人が強迫観念による不安に立ち向かいながら、せずにはいられなかった強迫行為をやらずに我慢するというものです。
例えば「汚いと思うものを触った後、手を洗わずに我慢する」「留守宅が心配でも鍵をかけて外出し、施錠を確認するために戻ることなく我慢する」といったことを繰り返していきます。強迫観念や強迫行為を引き起こすような刺激にあえて自分をさらし、何度もその刺激に耐えることで強かった不安を徐々に弱め、やがて強迫行為を行わなくても済むように訓練していくのです。
強迫性障害では、恐怖や不安の対象となる刺激(トリガー)に遭遇すると強迫観念が呼び起こされ、一時的な安心感を得るために強迫行為を行うものの、安心感は徐々に薄れていくため延々と強迫行為を行ってしまうという負の連鎖が問題です。曝露反応妨害法では、この連鎖を断ち切るような介入を行いますので、大きな効果が得られることも実証されています。
曝露反応妨害法を行うときは、以下の内容を明確にして治療目標を決定します。
- 症状がどんな場面や刺激によって出現するか
- どんな観念が生じて不安になるか
- どんな行為や回避を伴うか、家族など周囲への巻き込み症状はあるか
- 日常生活や社会生活に対する影響は、どの程度出ているか
曝露反応妨害法の課題を設定するときには、通常、不安が生じる度合いが低いものから段階的に進めていきます。しかし、本人の希望によっては一番治したい症状に取り組んだり、日常生活や社会的機能に影響する症状を優先させたりすることもでき、様子を見ながら徐々に自己コントロールに移行していきます。
また、不安をあるがままに受け入れる「森田療法」という治療法を選択することもできます。森田療法では恐怖や不安を排除するのではなく自然な事実として受け入れ、生活を充実させるよう積極的に行動していくことで症状を軽減させます。これも曝露反応妨害法と同様の効果を持っているとされています。
いずれの治療法においても、アドヒアランス(患者自身が治療方針の決定に関わり、治療への意欲を高めて効果を上げる)が重要です。特に強迫性障害の治療では薬の服用量の多さに不安を感じたり、認知行動療法で恐怖・不安を感じる刺激に何度も接するのが辛く感じたりすることも多いでしょう。医師から十分な説明を受けるとともに、不安や希望があれば納得いくまでしっかり相談し、自分の疾患や治療について理解することが重要です。
おわりに:強迫性障害は治療できる!巻き込み症状は断ってもOK
強迫性障害は、患者本人の積極的な治療の意思があれば十分治療可能な疾患です。一方で、強迫観念や強迫行為を恥じ、なかなか治療に向き合えない人も少なくありません。本人も家族も、まずは強迫性障害について十分な知識を得ることから始めましょう。
特に、家族など周囲にも巻き込み症状を求められる場合、きっぱり断ることは本人の曝露療法の一環にもなります。ぜひ、本人とも主治医とも連携しながらサポートしていきましょう。
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