「病気ではないけれど、放っておくと病気になるかもしれない」状態のことを「未病」と呼びます。未病の状態を放置すると怪我や病気を招き、QOLが低下することも。今回は未病の状態や改善について、東洋医学と西洋医学の違い、漢方に代表される東洋医学的アプローチを中心にご紹介します。
未病とはどんな状態?自覚症状はある?
未病とは、もともと中国の前漢時代に編集された最古の医学書とされる「黄帝内経」で初めて登場した言葉です。「黄帝内経」によれば、未病とは「病気と健康の間」のことで、既に体内に病気はあるものの表に症状が出ておらず、治療しなければやがて発症するという状態を指しています。西洋医学なら、検査で徴候が認められれば病気の芽を摘むこともできるでしょう。
つまり、「未病」は東洋医学と西洋医学で以下のように定義が異なります。
- 東洋医学的「未病」
- 自覚の有無に関わらず軽微な徴候があり、検査所見に以上が認められないもの
- 西洋医学的「未病」
- 検査に異常はあるのに、自覚症状がないもの
さらに、現代ではWHOや厚生労働省が「健康」の状態を以下のように定義しています。
身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態。単に病気または虚弱でない、ということではない。
日本未病システム学会でも「健康」の基準は上記に従っており、対して「病気」のことは「恒常性が崩れて元に戻らなくなっている、または戻りづらくなっている状態」と定義しています。「徴候・自覚症状があり、検査異常があるもの」という基準も設け、このため医療や介護を必要としている状態を「病気」と判断します。
これまで医療や看護の領域は、「自覚症状があり、検査でも異常がある」「病気」の状態を中心に患者と接してきました。また、西洋医学的に「検査で異常が見つかったものの、自覚症状がない」というタイプの「未病」については積極的な検出・治療を試みています。しかし、東洋医学的な「検査で異常は見つからないものの、軽微な徴候がある」というタイプの「未病」についてはあまり省みられることがありませんでした。
未病という言葉は歴史的に考えても、字義から考えても「病気の一歩手前」と捉えてしまいやすいですが、そうではありません。現代的な「未病」の定義をまとめると、未病とは「自立可能な健康の範疇だが、病気=自立不能になりやすいリスクを抱えた状態」と言えます。健康寿命の範囲ではあるものの、やがては健康寿命を外れる可能性が高いということです。
このことから「未病」を診断すること、すなわち自立不可能になりやすいリスクを抱えた状態を素早く見つけることは、これからの高齢者医療において重要な役割を持つと考えられています。未病の状態で早期発見し、健康な状態に改善できるようアプローチすることは、高齢者だけでなくすべての人が自らのQOL(生活の質)を維持するためにも役立ちます。
現代的な「未病」の定義においてその対象とされるのは、例えば以下のような状態です。
- 境界域高血圧
- 高脂血症
- 境界域糖尿病
- 肥満
- 高尿酸
- 動脈硬化
- 骨粗鬆症
- 無症候蛋白尿
- B型肝炎ウイルスのキャリア
- 無症候性脳梗塞
- 潜在性心不全
- 脂肪肝
- シンドロームX(微小血管狭心症)
- インスリン抵抗性
- メタボリックシンドローム
これらはいずれもすぐに治療を必要とするものではなく、生活習慣の見直しなどで自ら改善が求められるものです。つまり、病気ではないものの、そのまま放置しているとやがて重篤な病気に進行するリスクを抱えているという状態。未病の状態で進行を食い止め、病気になるリスクを軽減することが重要なことがよくわかります。
病気を防ぐ予防医学の3つの段階と目標
上記のように、「病気に進行する前に食い止める、リスクを減らす」といった考え方のことを「予防医学」と呼びます。人間の身体は加齢によって少しずつ老化や疲労が蓄積していくため、回復力も低下します。つまり、高齢になればなるほど、病気や怪我になってから病院で治療をするのでは遅い、ということです。
これまでは、「病気や怪我になってから、発症した疾患や損傷した部位に合わせて治療を行う」という考え方が主流でしたが、近年ではこの「予防医学」への意識が徐々に高まっています。いつまでも健康でいるためには、そもそも病気でない状態のときからリスクを減らし、兆候があれば進行する前に食い止めることが重要なのです。
予防医学には大きく分けて以下のような3つの段階があり、それぞれの段階に応じて個々人の目標を設定し、取り組む必要があります。
- 1次予防:健康増進
- 健康な時期から病気の予防を意識し、健康診断や予防接種を受けたり、食生活や運動習慣など生活習慣を改善したりして、健康的な身体を維持する
- (例)食事バランスの改善、運動習慣の作成、禁煙、ストレス解消など
- 2次予防:早期発見・早期治療
- 定期検診や検査などで病気を早期発見し、早期から適切な治療を受けて重症化を防ぐ
- (例)健康診断、人間ドック、各種検査など
- 3次予防:再発・悪化防止
- 既に発症した疾患に対し、適切な治療で悪化を防ぎ、リハビリテーションで早期回復や再発防止をはかる
- (例)リハビリテーション、理学療法、機能回復訓練など
医学が進歩した現代では、早期発見ができればがんなどの重篤な疾患でも治療できるようになりました。完治に至らなくても、早めに発見することで病気と上手に付き合いながら生きていく方法もたくさん見つかっています。早い段階で病気を治療したり、病気の進行を食い止めたりすることは、患者さんの負担軽減にも、医療費・人件費の削減にもつながります。
予防医学はQOL向上に役立つ!
健康を維持し、不調や病気を予防することはQOL向上につながります。QOL(Quality of life)とは「生活の質」や「暮らしの質」を指す言葉です。たとえば怪我や病気をしてしまうと旅行や趣味を楽しめなくなり、ストレス発散がうまくいかない、気持ちがふさぎこむなどQOL低下を招いてしまいます。
予防医学は患者さん本人のQOL維持・向上につながるほか、将来的な医療費削減にもつながり、本人にとっても社会全体にとっても良いことずくめの医療なのです。当然ながら、この考え方に基づいて最も重視すべきなのは「1次予防」に他なりません。「未病」の段階で進行を食い止めることも、やはりこの「1次予防」に合致します。
東洋医学と未病、予防医学との関係
前述のように、未病の段階では検査に引っかからず、西洋医学の対象にならないこともよくあります。これは、循環器・呼吸器・消化器など人体を細分化して捉える西洋医学の性質によるものです。一方、東洋医学では患者さん一人ひとりの体質や身体の状態をトータルで捉え、全体的なバランスを整える治療を行います。
東洋医学では、健康な人の病気予防や健康維持、自然治癒力アップ、病気に対する抵抗力や免疫力を引き出す、なども目的としています。健康維持のための「養生」という考え方を主に、病気にかかったときの心身のダメージを軽減することは、未病の治療にも通じます。このように、東洋医学は現代医学でカバーしきれていない「予防医学」の分野を補完・代替しているのです。
東洋医学と西洋医学のアプローチの違いって?
前述のように、現代医学の中心となっている西洋医学と、それを補完する形で未病の治療や健康維持に関わる東洋医学では、薬の使い方や適した治療が異なります。
- 西洋医学的な薬剤
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- 有効成分が単一であり、症状をピンポイントに抑えるもの
- 即効性で効き目が強い分、強い副作用が現れることもある
- 病気の原因が特定でき、かつ、原因別に治療可能な場合など、1つの症状や疾患に対して直接的な治療をする場合に使われる
- 東洋医学的な薬剤(漢方薬)
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- 多くの有効成分を含む複数の生薬(しょうやく)を配合し、身体全体の治癒力を高める
- 風邪薬や胃腸薬は即効性だが、それ以外は遅効性であり、さまざまな症状にマイルドな作用を示す
- 副作用がないわけではないが、強く現れることも少ない
- 原因が特定できない慢性疾患、生活習慣病、成人病など、複雑で多様な症状がある場合に適する
このように、西洋医学で対処しきれないような複合的な症状や、未病の改善には東洋医学的なアプローチが効果的です。一方、明確な不調や原因がはっきりしている疾患なら、西洋医学的なアプローチが効果を発揮するでしょう。両者の特長をしっかり理解し、上手に組み合わせながら不調を改善していくことが重要です。
東洋医学で使われる漢方薬は、具体的に以下のような症状に効果的とされています。
- 疲れやすい、風邪をひきやすいなど虚弱体質
- 冷え症やのぼせなど、慢性疾患
- 腰や膝の痛み、足のしびれやだるさ、夜間頻尿、記憶力低下などの加齢に伴う症状
- 胃もたれや食欲不振、便秘など胃腸の疾患
- イライラ、不眠、落ち込み、抑うつなどの精神症状
- 動悸、息苦しさ、喉の不快感などのストレスからくる身体症状
- 月経痛や月経不順、更年期障害、不妊など女性特有の症状
- その他アレルギー疾患、頭痛、めまい、肩こり、むくみ、こむら返りなど
他にも、つらい症状があるのに検査では異常がない、という場合にも、原因が特定できないということから漢方薬がよく使われます。
漢方薬のタイプの種類って?保険適用外なの?
漢方薬は生薬(しょうやく)という植物・動物・鉱物などを2種類以上組み合わせて作られます。特に、植物の根や樹皮、葉、種子、果実などは最も多く使われ、生姜や胡麻など日々使われる食材も利用されることは多いです。漢方薬には「煎じ薬」「粉薬」「錠剤」の3つの形状があり、それぞれ以下のような特徴があります。
- 煎じ薬:生薬をそのまま使うもの
- ティーバッグタイプで、生薬をじっくり煮出した液をそのまま服用する
- 粉薬:煎じる手間がなく、携帯しやすい
- 煎じ薬を加工し、そのエキスを粉末状にしたもの。忙しい人、旅行や出張などの長期外出時にもおすすめ
- 錠剤:気軽に始めやすい
- 煎じ薬を加工し、そのエキスを固形に固めたもの。手間がかからず、比較的価格も手頃で始めやすい
漢方薬は症状だけでなく、体質や体力の程度、ライフスタイルなどさまざまな要素から適切な薬を選択します。そのため、同じ症状でも患者さんや時期によって違う漢方薬を処方されたり、全く違う症状でも同じ漢方薬を使ったりすることがあります。
かつて、漢方薬が病状に作用する仕組みはわかっておらず、経験側的に用いられていましたが、近年の研究で少しずつ、漢方薬の科学的根拠や裏付けもわかってきました。これは例えば、病気を診断するときの「診療ガイドライン」に掲載される漢方薬が、2007年の56種から10年間で90種にまで増えたことからもわかります。
漢方の診察における代表的な「四診」という選び方も、研究で少しずつ解明されてきた選び方も、患者さん一人ひとりに最適な処方を見つけるという目的は変わりません。四診では、以下の4つの状態を見て処方を決めます。
- 望診(ぼうしん)
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- 顔色、表情、態度、姿勢、体型などを確認する
- 舌の色や形、歯の痕がついているかどうかなどを診る「舌診(ぜっしん)」を含むことも
- 聞診(ぶんしん)
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- 声の大きさ、話し方、咳や痰の状態、呼吸音などを聞く
- 体臭や口臭を嗅いで判断することも
- 問診(もんしん)
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- 自覚症状やこれまでかかった病気、食事の好み、月経の様子などを確認する
- ライフスタイルや仕事など、一見、病気や症状とは関係なさそうなところも確認
- 切診(せっしん)
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- 脈を診る「脈診」、腹部を診る「腹診」など、実際に身体に触れて確認する
他にも、体力や病気に対する抵抗力を表す「証(しょう)」、不調の原因をはかる「気・血・水(き・けつ・すい)」など、漢方独自のものさしを使って診断する方法もあります。
漢方薬は保健適用外になる、高いというイメージを持っている人も多いですが、主要な148処方には健康保険が適用されます。これらは「医療用漢方製剤」と呼ばれ、一般的な西洋薬と同じように、病院で処方を受ければ原則1〜3割の患者負担で済みます。ただし、病院によっては健康保険を使わない「自費診療」で漢方薬を処方しているところがあり、その場合は全額自己負担となってしまいます。
このように、漢方薬は必ずしも高いとは限りません。場合によっては、西洋薬よりもリーズナブルに済む場合もあるのです。例えば、風邪を西洋薬で治療しようとすると「熱を下げる鎮静剤」「咳を止める鎮咳薬」「痰を切る去痰薬」「細菌の増殖を抑える抗菌薬」、さらに「これらの薬剤で胃が荒れないための胃薬」と、数種類の薬が必要になることもあります。
しかし、漢方薬ならこれらの作用を1種類、または少ない種類の薬で補える場合があり、その場合は西洋薬よりも薬代が少なくなることがあります。西洋薬よりも処方日数が少なくなれば、より患者さんの負担額は少なくなるでしょう。
おわりに:西洋医学でカバーしきれない「未病」には、漢方薬がおすすめ
現代の「未病」の定義には西洋医学的なものと東洋医学的なものがあり、東洋医学的な「未病」は検査で異常がない、明確な治療法がないなどの理由で省みられにくいです。しかし、未病の状態で改善を目指すことは、これからの高齢者医療などで重要になってくるでしょう。
東洋医学的な未病に対するアプローチでは、患者さんを総合的に診断し、その人の状態や体質に合わせて漢方薬が使われます。処方によっては、健康保険も使えます。
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